福田正夫(1893年~1952年)は小田原出身の詩人で、民衆派とよばれた一派の
中心的存在でした。
この賞は1984年、福田正夫の功績にちなんで、井上靖氏の提言により、新人の発掘のためと現代詩壇への貢献を図って設立されました。
吉川さんには
2005年刊行の第1詩集「今届いた風は」と
2014年刊行の第2詩集「こどものいない夏」がありますが、この第2詩集が受賞の
対象となりました。
私にとっては
私の中の詩人
それが「こども」
詩とは、
生き延びた「こども」によって
書かれる「証」
これは芳川さんの言葉ですが、この第2詩集に家族への感謝の言葉とともに
かつて こどもであった 僕や妻に
今 こどもを生きている 娘や息子に
そして 大人となった 娘や息子に
という言葉があるのもうなずけます。
吉川さんの詩には難しい言葉や理屈ぽい表現はありません。
しかし、あたたかく膨らんだ喜びや、鋭利な怒り、深い悲しみが私たちの心を
打ちます。
それが吉川さんの魂であり、感性であり、詩人としての行動であり、人としての
生き方であり、「証」でもあると思います。
鍵盤にふれる
夏の盛り
おさない娘がピアノの鍵盤にふれている
みじかい指を精いっぱいのばして運び
知っているわずかな歌の旋律を
いくどもなぞっては飽かずにさがしている
碧い空の下 麦藁帽子をかぶり
白い蝶や褐色の蝉を
茂みや木陰にさぐるように
銃器の引きがねにしかふれることのできない
こども兵たちの夏にも
空は碧く広がっているだろうか
みじかい指を精いっぱいのばして運び
いくども引きがねを引く
こだまする銃声がそのたび捕らえるものは
こどものいない夏
いくつかの夏の後に
躍動するリズムと輪郭のある旋律を
娘は奏でているだろう
ゆたかにのびた指が
まあたらしい鍵盤の上を
かろやかにおどっているだろう
彼女のピアノを弾く指は
あのこどものいない夏の空にもふれようとするだろうか
再び夏が訪れるのを許されなかったこどもたちの
鍵盤にふれることなく 泥に埋もれた
みじかいままの指の骨の上に
吉川伸幸(よしかわのぶゆき)さん
1967年 三重県多気郡明和町に生まれる
1986年 三重詩話会に入会
2005年 第1詩集「今届いた風は」(三重詩話会)刊行
2009年 熊野古道センタ企画巨木展に詩作品を創作
2013年より明和町立図書館にて詩の朗読会を行う
2014年 第2詩集「こどものいない夏」刊行
同 年 第2詩集にて、第28回福田正夫賞受賞